式  辞

 
皆さん卒業おめでとうございます。
今一人一人に卒業証書を渡しました。
皆さんの目を見ているうちに、この2年間の様々な出来事と重なってしまい、
胸が熱くなりました。

スリランカから成田空港に着いた日、宮川先生と何人かのスリランカの先輩が
成田空港まで迎えに行きました。
そして行徳駅に着き、私の車、私の夫の車、清田先生と歩いて,
それぞれの寮に向かいました。
その後何人かは、リッチコーポ 302号室でロシャーンさんやラリンダさんたちが
作ってくれたカレーを食べに行きましたね。
新しい学生、特に女性が多く来たというので,先輩たちがたくさんリッチコーポに
集まってしまい,近所の人がびっくりして、警察を呼んでしまいました。
私は夜中に呼び出され,びっくりしたのは昨日のことのようです。
あれから2年、いろいろなことがありました。
皆さんにとっては,母国、親元を離れ、自立した生活、自由、アルバイト、
がんばると言うこと,やり抜くと言うことの難しさとの戦いの日々だったと思います。
辛くて、悲しくて涙を流した夜もきっと多かったでしょう。

文集の原稿を読ませてもらいました。
あらためて皆さんの心の内を知る思いがしました。
劉鵬さん、
初めて国境を越えて、初めて日本料理を食べて、初めて自分の口で
外国語を話して、日本に来てからたくさんの初めてをもらいました。
ジャナニさん、
漢字が覚えられなくて、勉強をあきらめようと思った時は少なくなかったです。
でも、日本へ来てがんばれば何でもできると言うことがわかりました。
アヤンティさん、
日本は女性として一人で生きていける国だと思いました。
イシカさん、
国にいるときは勉強一つのことしか考えていませんでした。
日本に来てから全部一人でできるようになりました。
日本では女性男性に関係なく、誰でも何でも一人でできます。
林豊輝さん、
目的を作った後そのままにしてチャンスを逃してしまいます。
でも、自分の道をきちんと選んでがんばって生きていきます。
張孟さん、
日本では図書館でたくさん年を取った人が学ぶ。   
そして、 張恵蘭さん、
2年前よりずっと強くなりました。今私は自分で選んだ道を歩いています。
私たちが生きることができるのは、過去でも未来でもなく、
ただ今しかないのですから。

まだまだたくさんありますが、ここでは紹介しきれません。
ゆっくり文集を読んでください。
今年は全員の原稿が載っています。初めてのことです。
今年は全員がこの学校に学費を払い、自分のお金で専門学校、
大学大学院に手続きをしています。
当たり前のことですが,4回目の卒業式にして初めてできたことです。
全員ができた記念の年です。
今までの卒業式は私にとって「やっと出て行ってくれる日」でした。
押し出すのが大変で大変で。でも今年は違います。
もう行ってしまうのかと自分の一部がなくなってしまうような気持ちです。
みんなが次々寮から引っ越した先週、その気持ちはいっそう強くなりました。

さて、この学校では皆さんは日本語と、日本で自立して生きていくこと、
そして一人一人が自分の専門領域を見つけ、進路を決める。
そういう時間を過ごしたのだと思います。
これからの2年から4年間は、専門領域をしっかりと勉強し、
一人一人が世界に、母国に何で役に立てるのか、
自分の自立だけでなく、「貢献」を考える段階に進む時期だと思います。
日本に留学し、専門と世界を学び、
コスモポリタン、国際人に成長していってほしいと願っています。
この困難な日本語学校時代をがんばり抜いた皆さんには,きっとできます。
日本から母国を見つめ、世界で活躍できる人材となっていってください。

困ったときはいつでも戻ってきてください。
それから、いいことがあったときも知らせてください。
奨学金、就職、進学、結婚、出産、卒業生から幸せを分けてもらうのも、
私たちの楽しみの一つですので。
 
                                      これで式辞を終わります。

 2008年3月10日

                              水野外語学院 院長 水野孝恵